COSMOS

ロングヘアーが似合うタイトスカートの女性が僕達の担任だった。

彼女の名前は、秋山 桜。当時の僕達からは、「さっちゃん先生」と呼ばれていた。大学卒業から3~4年経って教鞭を振るい始めたばかりの新任教師である。

顔の各パーツがハッキリと整っており、サラリとした長い脚に黒髪のロングヘアー、白のYシャツからはち切れんばかりのマスクメロンに、黒のタイトスカートからはみ出そうな立派な桃を備えていた。クラス男女問わず、職員室の男性教師、父兄達が思わず鼻を伸ばして我を忘れるほどの存在だった為、思春期成り立ての小学生にはとてもじゃないぐらい、刺激が強すぎたのだ。

趣味がピアノを弾くことなので、昼休みは子供達と一緒に音楽室、あるいは体育館の中に置いてあるグランドピアノを弾いて、クラス皆と歌を歌って楽しむぐらい彼女の人気は凄かった。誰もが先生の前に集まり、羨望の眼差しで彼女を見つめていた。鍵盤に指を添え、シャキッとした背筋からは、普段の先生とは違うギャップに子供達はメロメロ。イケイケな連中は先生にリクエストを伝えたり、一緒に手を繋いで和やかにしているのに対し、僕は皆の輪から離れ、遠目でその光景を見ているだけだった。ただ単に、当時の僕がひねくれ者で尚且つ、極度の恥ずかしがり屋さんだという。ただそれだけである。なんで一緒に歌わないといけないんだ。何が楽しくて、わざわざ皆で一ヶ所に集まらないといけないんだ。時間の無駄じゃないのか。と、当時の僕は口には決して出さないが、心の中ではボロクソと呟いていた。

 

「たっくん」

不意に名前を呼ばれ、後ろを振り向いた。振り向くと、さっちゃん先生が僕の元へ手を振りながら、走って近づいてきた。

「皆と一緒に歌わない?」

花のような笑顔でニコッと。担任の先生なのだが、これと言って彼女と話したことがなかった。家庭訪問でも先生と話をしなさすぎて、楽しみにしていた親父からゲンコツを貰ったことがあったぐらい。

先生の後ろを見ると、クラスのイケイケな連中達がブーブーと何かを言っていた。想像しなくても分かる。奴等が何を言っているか。おそらく、先生が遠くでポツンと佇んでいた僕を見つけ、歌を中断してまでわざわざ駆け寄ってきたのだろう。彼女なりの親切が、僕にとっては余計なお世話だった。ヒソヒソと陰口を言っているのだろうか。皆が嫌な顔して、僕を見つめている。ああ、ダメだ。この人に何を言っても分かってくれないだろう。僕は先生の手を振り払い、彼女に背を向けた。

「嫌です。僕のことなんて、何も分からない癖に」

今思えば、思春期真っ盛りの拗らせ野郎が、か弱い女性に何て言葉をかけてしまったんだと後悔している。だがしかし、動き出した時計の針は、空しくカツン、カツン、と館内に低く響いていく。

体育館のドアを閉め、図書室へ向かう。トイレに籠ってもよかったんだが、あんな大勢が集まってはゆっくり出来ない。一応、これでもトイレの番人なんだけど。図書室までの長い廊下を、ただ独り歩く。昼休みなのに、誰も声が聞こえない。しかし、その無音が当時の僕には心地よかった。

だが今は違った。僕は彼女を傷つけた。僕のために、親身になって声をかけてくれた大事な存在を、自分の手で切り捨ててしまったんだと。僕が背を振り向いた時、一瞬だけだが、彼女の目には涙が溜まっていた様子だった。天真爛漫だが、心は脆く傷つきやすい繊細な持ち主なんだと知った。あんな悲しそうにしていた彼女を僕は見たことがなかった。

ワックスがかかっているピカピカの廊下に反射し、目の前に泣きべそを掻いた子供が映っている。僕だ。謝りたいけど謝れない。そんな矛盾を抱えて一歩踏み出せない自分が嫌いだった。一歩一歩が大股になっていく。まるで、反射してる泣きべその子供の顔を踏みつけるかのように。足音が廊下全体に響き渡る。昼休みなのに、不気味なぐらい、回りは無音だった。

 

その日の放課後、僕は先生に「話がある」と呼ばれ、一人ポツンと教室の隅にいた。クラスの皆はチャイムの鐘がなると蜘蛛の子散らすように帰っていった。夕方、オレンジ色の太陽が窓に反射するのでカーテンを閉めた。明るい色はあまり好みじゃないので、薄暗い方が自分にとって落ち着けるからだ。

ガラガラとドアを開く音がした。先生が唇を噛みしめ、何かを言いたそうにしていた。お説教なのか知らないが、わざわざ放課後に呼び出してまですることだろうか。とりあえず、謝ればいいのかな。先生が僕の元に近づき、僕が座っている席の、目の前の席に座った。先生との至近距離でのマンツーマン。早く帰りたいなぁと、そんな矢先、思ってもいなかった言葉が僕に降りかかってきた。

 

「ごめんね」

先生は泣いていた。大きな目から大粒の涙がポタポタと机に垂れていく。

「たっくんの気持ち、分かろうとしなくてごめんね」

お説教とは正反対の行動だったので、動揺してしまった。むしろ、謝りたいのは僕の方なのに。

「いや、先生。僕が悪いんです。僕がハッキリしない性格だから、皆から文句を言われたんです。その文句を聞くのが嫌だったので、先生に酷い言葉を言ってしまいました。ごめんなさい」

心の奥底に溜まってたものが、スラスラと言葉で言えた。水洗便所のように、綺麗に汚物が流されていった。

先生はそれ以上、何も言わなかった。険しい顔から一転、いつものさっちゃん先生の笑顔に戻った。目には涙が溜まっていたけど。

 

家までは、先生と一緒に帰ることにした。先生の車に乗るのは初めてで緊張してくる。ピンク色の軽自動車に、クリーム色の内装。見た目は白黒パンダなのに、お洒落な所もあるんだなと子供ながらに思った。

日が沈む直前、先生から「行きたい所があるの」と、ある場所まで行くことになった。車を走らせて約10分。地元の山道と雑木林を抜け、畑一面に広がる何かがあった。

 

車から降りて辺りを見渡す。そこは、無数に広がる秋桜の群れだった。

 

「うわー!すげー!」

 

声がこだまに乗って帰ってくる。カラフルに染まった秋桜が冷たい風に吹かれる度、ザワザワと波のように動き、躍動感を感じざるを得ない。

「へへん、知らなかったでしょ?」

鼻を人差し指で啜り、先生は僕の肩に手を添えた。先生の手は、予想以上に冷たかった。

「ここは、私の秘密基地なんだ」

夕陽が沈み、一番星がキラリと輝いた。紫色の空の下に、無数の秋桜が咲いている景色は絶景としか言えない。

「私の名前の桜って、秋桜から取ってあるの」

「自分の名前に誇りを持ってるから、だから私はこの場所に咲いてる秋桜が好き」

そうだったのか。地元の僕でも知らなかった場所だ。それに、こんなイキイキとしてる先生を見たのも初めてだ。

秋桜畑のあぜ道を、僕と先生は一緒に歩いた。僕が秋桜を見て回りたいと先生に言ったからである。いいよと、返事をくれた先生と共に秋桜を見て回る。お互い歩幅が違うのに、先生が僕に合わせて一緒の歩幅で歩いている。彼女と目が会う度に、恥ずかしくて思わず目線を何度も反らしてしまう。その光景を見て、彼女はクスクスと笑う。恥ずかしい。だが、仕方ない。ここまで一緒にいて、もう隠すものはない。僕は腹に決めた。

「先生」

「なぁに」

一旦、溜まってた唾を飲み込んだ。

「一緒に手を繋ごう」

「だって、先生、寒そうだし。僕が、先生のことを暖めてあげる」

えっ、って戸惑いの表情を見せたが、すぐにいつもの笑顔に戻る。

「たっくんって、意外とロマンチックなとこがあるんだね」

「嘘じゃないよ、本当だもん!」

思わず、大きな声が出てしまった。風が止んで、辺りはシーンと静かになった。

「先生のことが、好きだから」

先生が何も反応しなくなってしまった。しばらくすると、耳元が徐々に赤くなっているのが見えた。薄暗いのに、ハッキリと鮮明に映るほど。大人になれば分かったことだが、これが、禁断の恋愛なんて当時は全然思い付きもしなかった。

それから、何も語ることなく、先生の車へと乗り込んだ。繋いだ時の先生の手は、さっきより仄かに暖かくなっていた。

秋桜畑を過ぎ山道を抜け、まもなく自宅にたどり着く。長く短い祭はあっという間に過ぎていく。さすがに玄関まで送ってもらうのはあんまりだったので、途中の道に降ろして貰った。先生は、危ないから辞めてと、何度も言っていたが、自分の意思を貫き通すことが出来た。

「大丈夫だよ、先生。僕、男の子だから、ちゃんと家に帰れるよ」

分かったと、先生は渋々納得していた。

「じゃあ、また明日ね」

お互いバイバイして、僕が背を振り向いた時だ。いきなり、背中からガバッと覆われるような衝撃を感じた。まさか不審者か、と声を出しかけたが、心配は無用だった。

背中越しに先生の弾力ある柔らかいおっぱいの感触が伝わる。先生の心臓の音、熱が背中を通してバクンバクンと伝導してくる。

「ありがとう」

涙声の主が更に続けた。

「私も、たっくんのこと、好きだよ」

何が起こったのか、何が起きたのか、今となっては分かる。

不意に唇を奪われ、更に、口の中へと何かが入ってきた。一瞬の出来事だったので、まるで魔法にかかったかのように全身が動かない。放心状態でボーッとしてる僕の正面の目線に近づき背中を優しく抱き締め、耳元で先生が囁いた。

「大人のキスよ。続きはまた、今度しましょう」

はい、言葉の意味も分からず、上の空で返事をした。エンジンの音が響き、マフラーから煙を出してピンク色は暗闇へと消えていった。

なんだろう。宇宙人にさらわれた人って、こんな感じなのかな。そう考えつつ、ふと空を見上げる。今にも宇宙人が現れそうな真っ暗闇が広がるだけ。もしかしたら、先生が宇宙人なのかと、考えただけで頭が痛くなりそうだ。疲れたから家に帰ろう。欠伸が止まらないので、僕は一歩前へ進んだ。

カチカチ、カチカチと電気が切れかけた蛍光灯の下に、虫が寄っては落ちていく。真っ暗闇な空の中、一番星だけがキラキラと誰よりも強い存在感をアピールしてるように思えた。

 

 

 

 

 

 

 

good 1
bad 0
 
 

1件のコメント

返信を残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です